鎌倉時代本地域は4荘9郷に別れており、それぞれ荘司、郷主が置かれていました。江戸時代に至り、真田信幸が沼田に入り、本地域の大部分がその領土となりました。天和元年、真田信澄の失政により、大部分が代官領及び旗本知行所となり、明治維新を迎えました。
明治元年、前橋藩鎮撫所に分轄されましたが、同年6月岩鼻県が置かれるにあたり、前橋、安中藩鎮撫所は廃止され、全郡が直轄になりました。
明治11年、第1次町村合併で郡区町村制が施行され、中之条町に郡役所が置かれました。
明治22年、第2次町村合併で町村制が実施され、連合戸長役場制が解体され町村役場が設けられました。
明治29年4月、郡域の変更があり、高山村が群馬郡から編入され、新治村は利根郡に入りました。
明治33年6月、草津町が草津町及び六合村に分村し、昭和30年第3次町村合併が行われ、また、平成18年3月に東村と吾妻町が合併し、東吾妻町となり、さらに平成22年3月28日に六合村が中之条町に編入合併され、現在4町2村になっています。 |